まったく物を知らないとは、私のことだ。輪島が海のそばにあるということを、そこへ行くまで知らずに出かけた。しかも、小松空港から約3時間もの道のりであることさえ知らず、なんとタクシーを利用した。後で、箱瀬さんに「小松からタクシーで輪島まで来られたのは、青山さんが初めて」と言われてしまった(というわけで、輪島も忘れられない土地のひとつになった。「昼は蕎麦でも」と箱瀬さんが、古い民家風のなかなか趣のある蕎麦屋に車で駆ってくれたが、あいにく休みで、蕎麦好きの私は残念でたまらなかった。「それでは鮨でも」とさらに車を走らせ一軒のすし屋に入った。土地のものだけを握るその職人は、いかにも輪島の人という風貌。彼は横綱だった輪島という力士を思い出させる体つきで、そのごっつい手で握る鮨が殊のほか旨かった。なるほど輪島は海のそばにあると実感した。鮨の後で改めて箱瀬さんの工房を訪れた。古い土蔵を改造した建物で、玄関を入るとすぐに広々とした広間が目に入った。古い仏像一体と、大きく広く背の低い卓が一脚。「集会所」とよばれるこの広間に、時々友人たちが集い、それこそ旬の魚を持ちより酒を酌み交わすそうだ。この広間の二階が工房になっている。少し急な階段を上がるとひんやりとした仕事場があった。ほこりや塵を嫌う仕事だけに、そこの空気は外とは違うように感じられた。多分、土蔵の厚い壁が外界を遮断し、凛とした静けさを保ってくれているのだろう。茶托は日常生活に必要なものですが、決して主役にならない存在でしょう。だから漆やる人もあんまり好んでは作りたがらない。でも僕は茶托作るの好きなんです。」と箱瀬さんは言う。簡単なようで案外難しい器だし、ピンと来るものが少ないようにも思える。主役はあくまでも茶器で、それを美しく引き立てようという難しい役どころゆえに、名脇役を期待されているので苦しくもある。にも関わらず、その脇役作りに彼はこだわって来た。そして今回、彼の茶托だけの、脇役だけの個展を開く事になった。 |